北海道旭川市 こくさいせんしょくびじゅつかん   北海道旭川市 こくさいせんしょくびじゅつかん
 
日本で「更紗(さらさ)」といわれるものは、主に木綿を素材とし、さまざまな模様を染めあらわした布です。

更紗の製作は、最も古い歴史をもつと考えられるインドに始まり、西方へはペルシア、トルコ、ヨーロッパ。東へは東南アジア、日本へと伝えられ、洋の東西を問わずもてはやされました。

人びとをひきつけた更紗の最大の魅力は、多様な模様が色落ちすることのない美しい色彩で描かれていることにありました。また、肌触りがよく、保温性があり、洗濯にも耐える木綿という素材そのものも、魅力の一端を担っていたと思われます。

更紗へのあこがれは、やがてそれぞれの地の染色に影響を与え、独自の更紗を誕生させることになりました。
更紗には、模様も技法もさまざまなものがあります。
 
 
16世紀以降、インド更紗がヨーロッパにもたらされると、熱狂的な更紗ブームが起こりました。当時のヨーロッパでは模様染めの技術が発達しておらず、多彩な模様を染めたインド更紗は人々を魅了しました。
18世紀には、木版に代わって銅版が用いられ、細かい線で絵画的な模様を表す更紗がつくられるようになり、さらにローラープリントの開発により、大量生産へと発展しました。
 
更紗は室町時代末期から江戸時代にかけて、ポルトガル船やオランダ船によって日本へもたらされ、何よりも鮮やかな色彩と異国を想わせる珍しい模様によって日本人の心をとらえました。
大名や富裕な町衆たちは更紗を競って買い求め、陣羽織、小袖、下着、茶道具の包み、煙草入れなどに愛用し、裁断後のわずかな残り布まで裂帖に仕立てて大切にしました。

更紗は、日本の染色のその後の発展にも大きな影響を及ぼしました。18世紀前後には堺、京都、長崎、鍋島などで和更紗がつくられるようになりました。
さらに、江戸時代中期、描くように模様を染める友禅染の誕生は、更紗に触発されたと考えられます。
 
 
 
インド更紗には、多様な染織がみられますが、なかでも更紗は世界中にもたらされ、大きな名声を得ました。
インド更紗がいつ頃から始まったのかは判然としませんが、紀元前2000年頃のモヘンジョダロ遺跡から、茜染めの木綿布が発見されています。
インドでは、寺院や王侯の宮殿を飾る装飾布として、手描きの精巧な更紗がつくられました。
 
インドネシアには古くからインドの染織品が多数もたらされていました。絹絣パトラや更紗といったインドの布は、王族や貴族階級のステータスシンボルであり、宮廷衣装や宗教的儀式に用いられました。
ジャワ更紗は、インド更紗の影響を受け、おそくとも17世紀以降、各地の王宮を中心に貴族の女性達の手によって発展をとげました。